東京大学は,特殊な物質群で生じる、強磁性(永久磁石)と強誘電性(分極が揃った状態)が共存するマルチフェロイクス(注1)状態を、
レーザー光の照射によって1兆分の1秒以下という非常に短い時間で発現させることに初めて成功した。
近年,強磁性と強誘電性の両方の性質を併せ持つ物質群であるマルチフェロイクスが注目されている。これは外部電場によって磁石の向きを変えたり,外部磁場で分極の向きを変えたりすることができるので,新しい原理に基づくメモリデバイスやセンサーなどへの応用が期待されている。
しかしながら,外部電場や外部磁場を切りかえるためには100ピコ秒の時間がかかるため,あまり高速な制御はできないという課題がある。一方,光パルスは非常に短い時間で照射できるので,高速な操作が可能。研究では,フェムト秒レーザーを照射することによって,1兆分の1秒以下の非常に短い時間でマルチフェロイクス状態を発現させることに初めて成功した。
通常,物質の中を光が進む際に生じる吸収の大きさは、光の進む方向を反転させても変化しないが,マルチフェロイクスの中では,光の進む方向の反転によってその吸収の大きさに差が生じる場合がある。このような現象は方向二色性と呼ばれている。
研究で用いたマルチフェロイクスであるメタホウ酸銅は,特にこの方向二色性が大きい。研究グループは,この物質をマルチフェロイクスにならない摂氏マイナス268度まで冷却した状態で,波長800㎚,パルス幅100フェムト秒程度の超短パルスレーザーを照射し,波長400㎚の光に対して生じる方向二色性の大きさを測定した。
その結果,適切な外部磁場の大きさ(2テスラ以下)の下で,照射するパルスレーザーの強度が約4mJ/㎠以上の場合に,方向二色性が観測されるようになった。このとき,パルス照射後600フェムト秒以内という非常に短い時間で方向二色性が観測され始めた。これは,600フェムト秒という非常に短い時間で,レーザー光照射によるマルチフェロイクス相への変化が生じていることを意味する。
絶縁性の磁性体において,超短パルスレーザーを照射することによって磁性が変化することはこれまでにも知られていたが,その典型的な時間スケールは10~100ピコ秒程度だった。今回はそれと比べて一桁から二桁も高速となる。
このような高速な変化が生じる原因として,この物質中においては,光励起によって電子の軌道が変化するときに,ある確率でスピンも同時に反転し,それによってスピン系が瞬時にマルチフェロイクス状態になるというメカニズムが考えられるという。
この結果は,光を用いたマルチフェロイクス物質の超高速制御への道を拓くものであり,超高速メモリ技術等への応用が期待される。それと同時に,方向二色性の有無を超高速に切り替えることが可能であることから,新たな超高速光制御のための手法として,高速な光スイッチなどへの応用も期待されるとしている。(
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